<研究概要> |
脳科学の進歩に伴い、人間の脳の活動を画像として捉える脳機能イメージングの手法を用いて、心のさまざまな機能の座が、脳のどこにあるかを調べられるようになってきた。しかし、言語などの高次機能の脳における発達メカニズムはまだほとんどわかっていない。本研究は、文字の習得過程に注目して、後天的に学習される読字の能力がどのようにして定着していくのかという疑問に対し、左脳の「文字中枢」の機能変化として客観的に答えようとするもので、文字の学習途上で大人の脳が活性化することを明らかにした発見は、世界で初めてである。
本研究では、「文字中枢」の活動に正字法と音韻の2つの要因のどちらか一方のみで十分であるか、それとも両方の要因が必要であるかを明らかにすることを目標として、大人の読字の習得過程に注目した次のような調査を行った。日本語を母語とする大学生および大学院生に対して、ハングル文字と音の組み合わせのトレーニングを2日間に渡って行い、成績の向上を確認する。さらに、このトレーニングを行っているときの脳活動をfMRIによって測定し、2日間の学習途上で脳機能に変化が観察されるかどうかを評価した。
その結果、読字の成績の向上に比例して、左脳の下側頭回後部に活動の上昇が見られ、また、この活動変化は、新しく習得したハングル文字と音声を組み合わせたときにのみ見られた。既習の仮名文字よりもハングル文字の方に強い活動を示した場所は、ハングル文字よりも仮名文字の方に強い活動を示した領域と隣接していた。従って、文字が読めるようになると、新しく習得した文字に特化した「文字中枢」の一部が活性化すると考えられる。
本研究において、身近な読字のトレーニング効果を個人の脳の学習による変化として、科学的にそして視覚的に捉えることに初めて成功した。また、特殊な強化トレーニングを長期間実施することなく、実質わずか30分程度のトレーニングをした際に、学習途上で脳機能がダイナミックに変化することを明らかにした本成果には、ユニークな意義がある。さらに、言語の感受性期をすでに過ぎたとされている大人において、脳機能の可塑的変化が示されたことは、大脳皮質が成人で完成するのではなく、大人になった後も脳が機能的に変化し続けることを示唆する。今後、この先駆的な研究成果が突破口になって、読み書きの習得機構の解明が進み、読字障害のリハビリや生涯学習の促進につながることが期待される。 |
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<補足説明> 参照 |
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<発表論文題名> |
"Learning Letters in Adulthood: Dirct Visualization of Cortical
Plasticity for Forming a New Link between Orthography and
Phonology" 「成人における文字習得:正字法と音韻の新しい組み合わせに伴う皮質可塑性の直接的可視化」 |
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<著者名> |
橋本龍一郎・酒井邦嘉 |
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この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域: |
脳の機能発達と学習メカニズムの解明(研究総括:津本忠治 大阪大学) |
研究期間: |
平成15年度〜平成20年度 | |
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本件問い合わせ先: |
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酒井 邦嘉(さかい くによし)
東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻
〒153-8902 東京都目黒区駒場3-8-1
URL:
http://mind.c.u-tokyo.ac.jp/index-j.html
島田 昌(しまだ まさし)
独立行政法人
科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8川口センタービル
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