平成17年2月23日

豊中市新千里東町1-4-2

独立行政法人科学技術振興機構

「脳学習」研究事務所

 

手話の理解も左脳優位

〜脳での文章理解は手話と音声で完全に同じ〜

 

JST(理事長:沖村憲樹)の研究チームは、機能的磁気共鳴映像法(fMRI)の実験から、日本手話(*1)による文章理解が音声と同じ左脳優位であることを初めて直接的に証明した。

本成果は、戦略的創造研究推進事業(チーム型)の研究領域「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」の研究代表者の東京大学大学院総合文化研究科 助教授 酒井 邦嘉と、同研究科大学院生 辰野 嘉則および鈴木 慶、国立身体障害者リハビリテーションセンター学院 教官 木村 晴美および市田 泰弘によるもの。

アメリカ手話の研究では、左脳の損傷で音声言語と同様に手話失語が起こることが明らかとなっている。一方、最近のfMRIによる研究では、手話を見るときに右脳の活性化が特に高まることが報告されており、手話失語の知見と矛盾するため、激しい論争が行われてきた。

今回、ろう者・コーダ(日本手話と日本語のバイリンガル)・聴者の3グループを対象として、文章理解における脳活動をfMRIにより測定し比較することによって、日本手話の場合も日本語と同様に左脳の言語野が活性化することが明らかになった。

この結果により、手話と音声言語の左脳優位性に関する論争に最終的な決着をつけることができ、脳における言語処理の普遍性が示唆された。ろう者が手話を母語として獲得することの必要性を科学的に裏付けた本研究成果は、ろう教育や医療現場の改善へとつながることが期待される。なお、本研究成果は、平成17年2月23日発行のイギリスのブレイン誌(Brain)オンライン版に発表された。

*1) 日本手話とは、日本のろう者が母語として獲得している言語であり、日本語の語順に従って手話単語を並べた「日本語対応手話(シムコム)」とは全く異なる言葉である。

 

<研究概要>

 

脳科学の進歩に伴い、人間の脳の活動を画像として捉える機能イメージングの手法を用いて、心のさまざまな機能の座が、脳のどこにあるかを調べられるようになってきた。しかし、なぜ言語などの高次機能が左脳に局在するのかは、まだ明らかにされていない。本研究は、音声とは独立な言語である手話に注目して、手話の文章理解が左脳優位であるかという疑問に対し、音声言語処理と比較して客観的に答えようとするもので、文章理解における手話と音声に共通な左脳優位性を明らかにした発見は、世界で初めてである。

本研究では、日本手話が人間の自然言語の1つであることを科学的に明らかにすることを目標とし、脳活動において文章理解の要因を抽出するために次のような実験を行った。調査の参加者は右利きの成人33名で、その内訳は、日本手話を母語とするろう者9名、日本手話と日本語の両方を母語とするコーダ(CODA, children of Deaf adults)12名、日本語のみを母語とする聴者12名である。文章理解の課題を行っているときと、文中の非単語を探す課題を行っているときの脳活動をfMRIによって測定し比較した。

その結果、文章理解に選択的な脳の活動が日本手話と日本語において完全に共通しており、手話と音声言語で同じ脳の場所が活性化するという言語の普遍性が確かめられた。さらに、ろう者・コーダ・聴者のグループの間に共通して、左脳優位の活動が観察された。従って、手話と音声などの言語様式によらない高次の言語処理が左脳に局在していることが明らかとなった。

このように、日本手話が音声言語と同等な神経基盤を持つことが、科学的に実証されたのは意義深い。なぜなら、発展途上国に限らず、わが国においても、ろう者が手話を母語として獲得することの必要性がほとんど認識されていないのが現状だからである。実際、大半のろう学校では、今なお「口話法(読唇術と発声訓練)」が主流であって、手話や筆談の使用が禁止されている。また、テレビ放送などで用いられている日本語対応手話(シムコム)は、すでに日本語を身につけた中途失聴者が補助的に使う方法で、文法の要素をできるだけ省いているために原理的に不完全な言葉である。近年、全国の産科病院で「新生児聴覚スクリーニング検査」が実施されるようになったにもかかわらず、多くの医師が手話の必要性を認識していないために、ろう児の言語獲得は危機的状況にあると言わざるを得ない。聞こえない子供たちのための教育環境の整備は、決して他人事では済まされない、焦眉の急である。今後、この先駆的な研究成果が突破口になって、ろう教育や医療現場の改善へとつながることが期待される。

 

<補足説明> 参照

 

<発表論文題名>

 

"Sign and speech: Amodal commonality in left hemisphere dominance for comprehension of sentences"

「手話と音声:文章理解の左脳優位性における言語様式によらない共通性」

 

<著者名>

 

酒井 邦嘉・辰野 嘉則・鈴木 慶・木村 晴美・市田 泰弘

 

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。

研究領域:

脳の機能発達と学習メカニズムの解明(研究総括:津本忠治 理化学研究所)

研究期間:

平成15年度〜平成20年度

 

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 本件問い合わせ先:

 

酒井 邦嘉(さかい くによし)
東京大学大学院総合文化研究科相関基礎科学系
〒153-8902東京都目黒区駒場3-8-1
TEL: 03-5454-6261(直通)
FAX: 03-5454-6261
E-mail: kuni@mind.c.u-tokyo.ac.jp
URL: http://mind.c.u-tokyo.ac.jp/index-j.html

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