平成14年9月12日
埼玉県川口市本町4-1-8
科学技術振興事業団
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磁気刺激による「文法中枢」の特定
科学技術振興事業団の戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「言語の脳機能に基づく言語獲得装置の構築」(研究代表者:酒井
邦嘉、東京大学大学院総合文化研究科助教授)で進めている研究において、経頭蓋的磁気刺激法(TMS)の実験から、文法処理を司る大脳の部位を特定した。この研究成果は、人間だけに備わる言語の働きを明らかにすると共に、語学教育の改善や失語症の発症機構の解明につながる可能性がある。本成果は、同大学院生
野口 泰基と竹内 達也、および東京警察病院 医長 渡辺
英寿と共に得られたもので、平成14年9月12日付の米国科学雑誌「ニューロン」で発表される。 |
脳科学の進歩に伴い、人間の脳の活動を画像として捉える機能イメージングの手法を用いて、心のさまざまな機能の座が、脳のどこにあるかを調べられるようになってきた。しかし、このような脳機能の「計測法」では、脳の活動と精神機能の相関を調べることができるが、両者の因果関係はわからない。近年、健常者でも頭の外から安全に脳を刺激できる、経頭蓋的磁気刺激法(transcranial
magnetic stimulation,
TMS)が使われるようになった。これは、磁気による刺激を脳の電気活動に干渉させて感覚や反応がどのように変わったかを調べる手法であり、脳の活動と機能の因果関係を調べるための「干渉法」の1つである。本研究は、言語の本質である「文法」という抽象的な概念が脳の中でどのように使われているかという疑問に対し、特定の大脳皮質の働きとして客観的に答えようとするもので、意味の判断から独立した「文法中枢」の座を干渉法で特定した発見は、世界で初めてである。
近年、人間で見られる認知能力がサルやチンパンジーでも観察され、基本的な脳の機能は人間とサルで同じであると考えられてきた。そのため、言語能力ですら一般的な認知能力の延長としてとらえられるとする脳科学者や心理学者が大勢を占めていた。本研究では、文法の判断課題と意味の判断課題を直接対比することで、左脳のブローカ野(図1のI)に与えた磁気刺激が、文法の判断を特異的に促進することを発見した。この成果は、文法が人間の脳で処理されるという因果関係を初めてはっきりさせたもので、自然科学的な人間観を変革させることにつながる。また、単語の意味と独立した文法知識の存在が科学的に実証されたことにより、語学教育のポイントが明らかになった。
これまで、磁気刺激が認知機能の抑制を引き起こすことは知られていたが、認知機能の促進を明確に示す例はなかった。本成果は、磁気刺激の生理学的な基礎に対する理解を深めると共に、脳機能を抑制するのではなく、逆に促進するという新しい応用の可能性を示すものである。今後、この先駆的な研究成果が突破口になって、人間の人間たるゆえんである心の働きの解明が進み、失語症や痴呆などの人間に特有な精神疾患の発症機構の解明や治療につながることが期待される。
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域:脳を創る(研究統括:甘利俊一 理化学研究所)
研究期間:平成9年度〜平成14年度
・【補足説明】
・図1 磁気刺激の対象部位。I:
ブローカ野, II: 中前頭回。図の左が脳の前側。
・図2 実験で使われた刺激文の例と磁気刺激のタイミング。
・図3 ブローカ野に磁気刺激を与えた結果。A:
T = 0, B: T = 150 ms, C: T = 350 ms。
・図4 中前頭回に磁気刺激を与えた結果。
T = 150 ms。
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本件問い合わせ先:
酒井 邦嘉(さかい くによし)
東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻
〒153-8902 東京都目黒区駒場3−8−1
森本 茂雄(もりもと しげお)
科学技術振興事業団 戦略的創造事業本部
研究推進部 研究第一課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4−1−8川口センタービル
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