総評　：　研究総括　津本　忠治（大阪大学大学院医学系研究科　教授）

　近年の脳の発生・発達研究は、初期の遺伝情報による神経回路網形成メカニズムをかなり明らかにするとともに、そのようにして形成された回路網は環境からの入力や脳自身の活動によって精緻化や改変を受けることを明らかにしてきました。さらに、この活動依存的変化のメカニズムは学習のメカニズムと共通することも示唆しています。このような知見は従来、主に実験動物で得られてきましたが、最近、ヒト脳機能の非侵襲的計測技術の発展によって、ヒトの脳機能の発達や入力依存的変化の研究が可能となり、ヒトにおいても発達や学習メカニズムを解明する道が開けてきました。その結果、脳を育み、学習を促進するという視点から、健康で活力にあふれた脳を発達、成長させ、さらに維持するメカニズムの解明をめざす研究、及びそのような研究から得られた成果を教育や保育等、社会に還元することが期待されています。
　このような時期に高次脳機能の発達や学習のメカニズム解明を中心にした本テーマによる公募が行われたことは、我が国の脳科学、科学技術のみならず一般社会にとっても有意義であると思われます。
　本研究領域には我が国において脳研究者が増加しているという状況を反映して78件もの提案がありました。まず、９名の領域アドバイザーが書類による一次審査を行いましたが、レベルの高い提案が多く絞り込みに困難を感じ、時間的に面接可能な最大数である16件を各領域アドバイザーの採点をもとに選びました。次に、この16件について研究代表者による口頭説明とそれに対する質疑応答で疑問点を明らかにするという面接審査を行いました。その後、各領域アドバイザーの採点をもとに合議し、充分に議論を尽くして６件の採択を決定しました。
　以上の２段階審査は科学的観点から独創性、妥当性、必要性の高い提案であるかどうかを重視し、厳正に行いましたが、非常に優れた提案が多く、６件のみの採択は困難な作業でした。しかしながら、採択された提案はそれぞれが非常に独創的でまたレベルが高く、脳の機能発達と学習メカニズムの解明に貢献することが期待されます。
　また、予算、件数の制約上、残念ながら採択できなかった提案にも世界的にみて非常にレベルの高いものが多くあり、この点は大変残念に感じました。