MRIに関する発見ノーベル医学生理学賞2003年   酒井 邦嘉

2003年のノーベル医学生理学賞は、アメリカのローターバー(Paul Lauterbur)とイギリスのマンスフィールド(Peter Mansfield)が受賞した。二人が開発したのは、今や世界中の病院や研究所で使われている、MRI (magnetic resonance imaging, 磁気共鳴映像法)の技術だ。MRIは、NMR(nuclear magnetic resonance, 核磁気共鳴)という物理学の現象を医学診断に応用して、全く体を傷つけることなく内部を見ることができる画期的な方法である。NMRを発見したアメリカのブロッホとパーセルは、1952年にノーベル物理学賞を受賞している。NMRに関係したノーベル化学賞は、一九九一年にエルンストに、そして2002年にビュートリッヒに授与されている。しかし、MRIを対象としてノーベル賞が授与されるのは、今回が初めてである。ローターバーがその最初のアイディアをNature誌(242巻190頁)に報告してから、今年で30年になる。実は、ローターバーが最初に投稿した論文は、Nature誌に断られてしまったのだが、彼の熱意によって結果が覆ったそうだ。

 MRIは、ガンの診断や脳の検査などに欠かせないことからもわかるように、これほど人類の役に立った発見はまれである。それにもかかわらず、ノーベル賞が決まるまで30年の歳月が経ったのは、科学者同士の激しい先取争いが背景にあったためだと言われている。マンスフィールドは、自分こそがMRIの発見者であると主張して譲らなかったし、アメリカのダマディアンもガン組織の検査にNMRが応用できると最初に提案したのは自分であるとして、ノーベル賞発表後も大がかりな宣伝活動を行っている。しかし、MRIの原理の最初の発見者はローターバーであり、MRIの超高速撮影法(Science誌、二五四巻四三頁を参照)の発展に最も貢献したのがマンスフィールドであることは、MRIの研究者の多くが認めるところである。競争相手とは対照的に、ローターバーは無欲で謙虚な人であり、MRI装置の発明をあえて特許にしなかったほどである。しかし、彼独自のアイディアは、ダマディアンによって特許化されてしまった。MRIの研究は、医学的画像診断という明らかな社会貢献につながるので、研究者間の競争も熾烈である。筆者は、ボストンで過分極化キセノンを用いたMRIの開発を1年ほど行ったことがあるが、発見の醍醐味と同時に修羅場を経験した。

 科学的な大発見が常にそうであるように、ローターバーの発見もまた、常識を覆すような興奮に満ちている。まず、「物を見る」ときの常識について考えてみよう。物を見るために光を使う光学顕微鏡も、電子線を使う電子顕微鏡も、「波長」よりも細かい物を見ることはできないのが常識だ。MRIでは、水素原子(プロトン)の共鳴周波数にあたる数十メガヘルツのラジオ波を使うが、この波長は5メートル程度なので、キリン位の大きさの物しか像を結ばないはずである。さて、共鳴周波数は磁場の強さに比例するという法則がある。ローターバーは、MRIの強力な磁場に加えて、位置によって強さの異なる磁場(勾配磁場または傾斜磁場と呼ばれる)を組み合わせることで、空間の位置を磁場の強さとして正確に決められるということを思いついた。この方法を使えば、波長によらずにノイズの限界まで細かい像が撮影できるはずだ。興奮した彼は、手近にメモ用紙がなかったので、紙ナプキンにアイディアを書き留めたそうである。彼は最初の論文の中で、この方法のことを、「組み合わせるために使うこと」という意味のギリシャ語でzeugmatographyと名付けた。NMRの発見から27年後のことである。原子核の共鳴現象を使っているが、放射能とは全く関係ないので、NMRのNを除いてMRIと慣用的に使われるようになった。

 その後、脳の活動に伴ってMRI信号が変化することが1991年に初めて報告され、fMRI(functional MRI)と呼ばれるようになった。MRIの超高速撮影法は、当初は心臓の画像化を目指して開発されたが、超音波診断の発展の陰に隠れてあまり普及しなかった。ところが、fMRIが現れてからは、2〜3秒間で脳全体の画像を撮影するという利点のため、超高速撮影法が広く使われるようになったのである。MRIからfMRIに至るまで一貫しているのは、ローターバーが特に重要だと考えた、「無侵襲の診断法」である。X線によるCTや、ガンマ線を用いたPETは、被爆量のために使用回数が限られるのに対し、MRIで安全に生体の構造や機能を調べられるのはとても重要なことなのである。欧米における医療技術の開発現場では、物理学の学位を持った研究者が医師と一緒に研究している。日本の大学でも、早くこのような研究環境を整備して、MRIのように独創的な発見を目指していくことが必要である。

図:駒場キャンパスにあるMRI装置で撮影した頭部の正中断面像

(生命環境科学系/心理・教育)
All Rights Reserved, Copyright (c) 1999-2003 The University of Tokyo