科学技術振興事業団報 240号

平成14年8月1日
埼玉県川口市本町4-1-8
科学技術振興事業団
電話 048-226-5606(総務部広報室)

「言語は特別−文法を担う大脳の部位を発見」

 科学技術振興事業団の戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「言語の脳機能に基づく言語獲得装置の構築」(研究代表者:酒井 邦嘉、東京大学大学院総合文化研究科助教授)で進めている研究において、機能的MRI(磁気共鳴映像法)の実験から、文法を使う言語理解で特異的に活動する大脳の部位を発見した。この研究成果は、人間だけに備わる心の働きを明らかにすると共に、新しい教育方法の提案や、失語症や痴呆の発症機構の解明につながるものである。本成果は、同研究科大学院生 橋本 龍一郎と共に得られたもので、平成14年8月1日付の米国科学雑誌「ニューロン」で発表される。

 脳科学の進歩に伴い、人間の脳の活動を画像として捉える機能的MRI(磁気共鳴映像法)を用いて、心のさまざまな機能の座が、脳のどこにあるかを調べられるようになってきた。しかし、人間だけに備わった言語能力が、その他の心の機能と原理的に分けられるかという問題は、アメリカの言語学者のチョムスキーとスイスの発達心理学者のピアジェによる有名な論争(1975年)以来、認知科学における中心的な謎であった。本研究は、言語の本質である「文法」という抽象的な概念が脳の中でどのように使われているかという疑問に対し、特定の大脳皮質の働きとして客観的に答えようとするもので、記憶などの認知機能では説明できない言語能力の座を特定した発見は、世界で初めてである。

 近年、人間で見られる認知能力がサルやチンパンジーでも観察され、「ヒトとサルは同じ」という報告が相次ぎ、基本的な脳の機能は人間とサルで同じであると考えられてきた。そのため、言語能力ですら一般的な認知能力の延長としてとらえられるとする脳科学者や心理学者が大勢を占めていた。本研究では、一般的な認知能力の課題と言語課題を直接対比することで、言語理解に対する特異的な活動が大脳の前頭葉皮質(図1)に局在することを発見した。この成果は、言語処理が人間の脳で特別な意味を持つことを初めてはっきりさせたもので、自然科学的な人間観を大きく変革させることにつながる。

 今後、この先駆的な研究成果が突破口になって、人間の人間たるゆえんである心の働きの解明が進み、失語症や痴呆などの人間に特有な精神疾患の発症機構の解明につながることが期待される。また、本成果は、一般的な認知発達の枠組みでは説明できない「言語の生得性」に対する理解を深めると共に、単語の丸覚え中心の語学教育から、文法と理解を重視する言語習得法への移行を強く促すものである。このような効率の良い教育方法を提案することで、本研究は脳科学の成果を広く教育へ応用することに貢献する。

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域:脳を創る(研究統括:甘利俊一 理化学研究所)
研究期間:平成9年度〜平成14年度

【補足説明】

図1 文法を使う言語理解の座
図2 実験で使われた4つの課題
図3 研究成果の概念図

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本件問い合わせ先:

酒井 邦嘉(さかい くによし)
東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻
〒153-8902 東京都目黒区駒場3−8−1

森本 茂雄(もりもと しげお)
科学技術振興事業団 戦略的創造事業本部
研究推進部 研究第一課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4−1−8川口センタービル

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